大判例

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東京高等裁判所 昭和46年(う)2119号 判決

被告人 田嶋昭治

〔抄 録〕

原判決によれば、次のことが認められる。

(一) (1) 本件事故当時は降雨中であり、路面は自動車にとって滑り易い状態であった。

(2) 本件事故は被告人が普通貨物自動車(プリンスホーマー四一年型)にドラム缶五本を積載して時速約四〇キロメートル(制限時速五〇キロメートル)で本件道路を走行中発生した事故である。而して、普通自動車の場合、一般経験則上、その停止距離は右時速の場合アスファルト舗装の路面乾燥時において約一八メートルといわれ、又、雨天の場合は右の約一・五倍となるといわれている(警察庁交通局監修「安全運転の知識」参照)から、本件の場合その停止距離は約二七メートルとみるのが相当である。

(3) ところで、原判決は「……前方約二〇メートルの横断歩道上を左から右に向けて横断しようと歩いている西見住太郎(当七五年)を認めたが、当時は降雨中であり、……このような場合自動車運転者はただちに横断歩道の手前で停車し歩行者の歩行を妨げないよう急停車の措置をとるべき業務上の注意義務があるのにこれを怠り、……」と認定している。

(4) 併しながら、前記一般経験則によれば右距離においては急停車の措置を講じても横断歩道の手前で停止し得ないことが明らかであり、又、記録を精査してみても、本件の場合被告人車が横断歩道の手前で停止し得たと認定し得る証拠はない。

(5) してみると、原判決の認定事実中、被告人の原判示業務上の注意義務の懈怠による原判示過失と原判示結果との間に因果関係ありと認定した点は、証拠の解釈・判断を誤ったか、或は証拠に基かずに事実を認定したかであって、いずれにしても証拠法則について誤をおかしている譏を免れない。

(二) (1) 本件道路である環状七号線の現場付近の本件事故発生時点における照明状況をみるに、同現場付近には、歩車道の境に約五一メートル間隔で設けられた街路灯があり、その外廻り側は当時点灯されていたが、被告人の進路である内廻り側は六基が点灯しておらず、中野方面、すなわち、被告人車の進路側より本件横断歩道に至る間約二〇〇メートル並びにその前方約五〇メートルの間は無点灯のままであり、又、本件横断歩道手前(以下、位置関係はすべて被告人車の進行方向よりみたもの)約一二・四メートルの地点にあるオーバーハング式の横断歩道を示す標識も点灯されておらず、而も当時は降雨中でもあり、見とおしはあまり良好ではなかった。

(2) 本件事故後約四時間半の時点において、暴風雨中に行われた司法警察員の実況見分の際の横断歩道存在等の確認状況は、前照灯を下向きにした場合、

(イ) 前記オーバーハング式標識は、第一通行帯において、その手前約三〇メートルの地点で確認し得た。而して、右標識は横断歩道中野側の線から約一二・四メートル手前の位置にあるから、第一通行帯上でこれを認め得る地点は横断歩道の手前約四二メートルの地点となる。(昭和四五年一〇月三一日付実況見分調書五の(3)の(1)の(ハ)参照)。

(ロ) 被告人の進路左側横断歩道に接する歩道上の高さ一・七メートルの横断歩道標識は第二通行帯上からはその手前約三〇メートルの地点で確認し得た。(右調書五の(2)の(ハ)、(ニ)参照)。

(ハ) 尚、横断歩道そのものはその手前約一〇メートルの地点で確認し得た。(右調書五の(2)の(ニ)参照)。

(ニ) 本件事故地点における歩行者の存在はその手前約二〇メートルの地点で確認し得た。(右調書五の3の(1)の(ロ)参照)。

(ホ) 当時被告人は第二通行帯を走行していた。

(3) 以上の事実からして、本件実況見分時においては、被告人が仮りに第一通行帯を走行していたものとしても、横断歩道の存在を確認し(前記(2)の(イ)及び同(ロ)参照)、歩行者の有無に拘らず、急制動の措置を講じた場合、時速が四〇キロメートルであれば約一五メートル手前で、又、本件の如く第二通行帯を同時速で走行していた場合は約三メートル手前で(尚、第二通行帯上において前記オーバーハング式標識を第一通行帯上と同一距離から看取し得るとの証拠は存しない。)停止し得ることとなるが、横断歩道といっても歩行者のない場合徐行を求むることは格別急制動による一時停止を求むることは相当でない(改正道路交通法第三十八条参照)。而して本件の場合横断歩道手前二〇メートルまでは歩行者を確認し得ない状況であったことは前記(2)の(ニ)に徴し明白である。

(4) 飜って本件事故当時の降雨状況が相当強いものであったことは、事故後間もなく現場を通りかかった自動車に同乗していた原審証人小宮鈴子の供述でも認められるし、又、当審における被告人の供述によればワイパーも効かない(完全にフロントグラスを払拭し切れない)程であり、その為一時路端に車を寄せて停車しようと思っていた程であつて、実況見分とさして変らない状況であったことが認められる。而して右認定に反する被告人の司法警察員に対する供述調書は右証拠及び被告人の検察官に対する供述調書に比照しにわかに措信できない。

以上の事実に照しても、原判示業務上の注意義務の存在を基にしその懈怠による過失及びこれと本件死亡事故との因果関係はこれを認定することができず、この限りにおいては、本件訴因の証明は十分とはいい難いのであるが、一方、本件の如き悪条件下において自動車運転者として尽すべき業務上の注意義務は、前照灯の照射方向を下向きにした場合の夜間前方の交通上の障害物発見距離が三〇メートルの性能を要求されていること(保安基準第三十二条)、それに見合う制動距離を考慮した走行速度及び前方注視義務等、他に無いわけではないとも思われる。併しながら、記録を精査しても、この点につき審理のなされた形跡も、又、証拠もないから、原判決は結局その取調べた証拠の価値判断を誤って審理不尽のままなされたものといわざるを得ない。

(八島 栗田 中村)

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